2019年12月26日木曜日

さくぽん空へ。

さくぽん、今日火葬してきました。

さくぽんが亡くなってから、火葬する今日まで4日あって、(亡くなった日を入れると5日)わたしは毎日、さくぽんの亡骸を抱っこして、匂いを嗅いだり、柔らかい肉球を撫でたりしていました。

さくぽんの体は冷たく固くなったけど、不思議と毛はふわふわして、肉球も柔らかく、お鼻もしめってました。さくぽんに顔をうずめると可愛いいつものさくぽんの匂いがして心が安らいだ。

でもやはり時間が経つと、身体は変わっていきます。さいわい、季節が冬なのもあり傷むことはありませんでした。

いつまでもそのままには出来ない。 動物霊園の予約がすぐには空きが無く、今日になりました。

朝、さくぽんにお弁当を持たせよう、とさくぽんの大好きだったササミを茹でて、食べやすいように小さくして 食いつきの良かったデビフの黒缶と一緒に包み、おやつに鹿肉のジャーキーと、明日はさくぽんの誕生日なので用意していた犬用ケーキ(人間も食べれるいつものケーキ)を手提げにいれました。

さくぽんが寂しくないように、自分の髪の毛を一束切って、さくぽんに持たせました。

動物霊園に行く前に、いつもの散歩道を さくぽんを抱っこして歩く。

最後のお散歩になるね、と言いながらいつものように 鴨がいるよ、とか 今日は寒いねとか散歩道の思い出をさくぽんに話しかけながら。


動物霊園について、火葬するまではすぐでした。

ちゃんと個別に立会葬ができるところを選んだので、さくぽんの周りにたくさんお花を並べて、前足にカスミソウと私の髪を持たせて、足元には散歩道にたくさん落ちていた銀杏の葉を並べて、お顔のそばに誕生日のケーキとお弁当、おやつを並べて。

お焼香もして、手を合わせて さくぽんにお別れの言葉を伝えて 送り出しました。

小さいさくぽんはあっという間に白い骨になり、小さな骨壺へ。

小さくなったさくぽんを抱えて、家に帰りました。


動物霊園では、お骨上げの時 さくぽんの犬歯と爪を小さなカプセルに入れて個別に手渡してくれたので、ありがたかった。

火葬が済み、家に帰ると当たり前だけど杏しかいなくて喪失感がすごい。

さくぽんがいなくなったら、後を追ってしまうんじゃないか、と考えていた事もありましたが、そうならずに いくらかはシャンとしています。きっと激しいペットロスにならないようにさくぽんがしてくれたんだと思う。

それでもやっぱり寂しい。あのふわふわのさくぽんを抱っこしたい。さくぽんに顔をうずめたい。きっと何年たっても寂しいと思う。



さくぽんと最後のあくしゅ。

***

コメントを下さってるのに返信できていなくてすみません。落ち着いたら、ちゃんと返信しますね。

2019年12月22日日曜日

さくぽん

ずっと更新しておりませんでしたが、昨日 夜9時過ぎ、さくぽんをお看取りしました。
私の気持ちの整理もかねての更新で文章が長いです。


12月に入り、しばらくして少し食欲が落ちては来ていたのですが、病院でも診てもらっていましたが、心臓のほうも安定はしていました。

17日から食事をとっても数時間後に戻してしまったりしていてお水は飲んでくれていたのですが、18日から薬を嫌がるようになりました。それでも心臓の薬、てんかんの薬、胆嚢炎の薬だったので、絶対に必要な心臓の薬は砕いて水で溶かしシリンジで口に入れていました。(口の横から出ちゃっていましたが)19日に病院に行き、食べれてないので点滴を入れてもらい、20日はケージでおとなしく寝ているような状態でした。それでも全然食べなくなっていたので私も最後の時が来ているのかもしれないと少しづつ覚悟をしていましたが… 20日仕事から帰り、水も朝飲んだきり飲まなくなっていて。 最近は少しの段差でも転ぶようになっていたので、夜は一緒には寝ず、さくぽんのゲージの脇にふとんを並べて寝ていましたが、その日は私の布団にケットを敷き一緒に寝ながら様子を見ていました。
たぶん、眠れていなかったと思う。目を開けたまま、呼吸をしていたので 何度も頭を撫でながら、身体を撫でながら 時々さくぽんの心音を聞きながら夜を過ごしました。
さくぽんの心臓の音は 心臓の弁が切れてしまっている状態なので、トクトクというよりも ザーッ、ザーッ と音がします。

心臓病からくる肺水腫で入院した時、先生にもって1年位です、と言われていましたが、それから2年半近く、投薬で頑張りました。朝9種類、夜8種類も薬を飲んでいて、あんなにたくさんの薬を飲ませてしまい申し訳なかったけれど、さくぽんともっと一緒に居たかったし、薬を飲むことで心臓の負担が減らせるなら、と対処療法を続けていました。

21日、年末で仕事も多忙でどうしても休めず 朝さくぽんには無理に薬は与えず、口元にシリンジでポカリを少し入れてあげて横にならせて、私が帰るまで待っていて、と伝えて出社しました。それでもどうしても心配で、上司に涙ながらに理由を話したら、すぐ早退させてくれて、同僚も気を付けて!と送り出してくれました。

急いで帰宅して、見ると朝と少し位置がずれていたけど横になっていて、すぐ自分の布団を敷き、さくぽんを布団に寝かせました。尿が出ていなかったので、圧迫排尿させないとダメかな、とおなかを少しさすっていたらタール状の便が出て、おしりを洗ってあげてまた布団に寝かせて、隣で私も横になりつつ、様子を見ていて。
22日、病院の予約を入れていて点滴をしてもらおうと思ってはいましたが、さくぽんはもうお終いの準備をしているのかもしれない、と思って 何もせず、さくぽんのしたいように、自然の流れのまま過ごすことを決めました。

私が何かをするとそれがさくぽんの負担になってしまうと思ったので。

さくぽんは、目をあけたまま息をしていて、ずっと眠れていないだろうから、辛いだろうな、と顔を撫でてあげるときに、そっと目をつむらせてあげるんだけど、やっぱり目を開けていて、しばらくすると、またタール状の便を出して、だんだん便に血が混じっているようでした。

そのつど洗ってあげていましたが、5回目のタール便の時、少し手足を動かしていたので、おしりを拭きながらさくぽんを見ると、呼吸が弱くなっていて その時が来たことがなんとなく分かったので、さくぽんを撫でながら、もう逝くの?さくぽん、と声をかけて さくぽんが大好きで、本当に今まで頑張ってくれて嬉しかったことや、私の家族になってくれた事、伝えきれないほど愛していたことを さくぽんを撫でながら言い続けました。少しだけ痙攣した後に、2,3度 大きく息をしてさくぽんは旅立ちました。

心臓病を患ってから、あんなに大きくザーッザーッと動いていた心臓もさくぽんに添えた手からゆっくり止まるのを感じました。

飼い主として、さくぽんをお迎えしたあの日、桜並木のしたを歩きながらこの子は最後まで看取る、と決めて家に連れて帰ってきて、決めた通り、看取ることが出来た事に少しだけほっとしましたが、やっぱりものすごく悲しいし、寂しい。

杏は普段と変わらず、さくぽんが亡くなった後も にゃーんとご飯をせがみ、ケージによじのぼり、床でごろんとして過ごしています。

そんな杏に救われています。これが、生きていく上で普通の事で、命があるということは終わりがあるのが必然で、なにも特別な事ではなく、普通の事なんだと言われている気がして。
杏は21日の朝、さくぽんが横たわってる時 さくぽんの尻尾を舐めていたな、と思い出して普段はそういうことはしないので、彼女はさくぽんの死期がわかっていて 杏なりにさくぽんに声をかけたのかもしれない、と何となく思います。

さくぽんの葬儀は、立ち合い葬をしたく 葬儀場を予約していますがすぐには予約が取れず26日にお見送りする事になりました。

今は私の手作り棺の中でお花に囲まれて寝ています。見ると普通に寝ているように見えます。 お花もいっぱい並べたけど、お散歩が好きなさくぽん、最後のほうは歩けなかったので抱っこで散歩していたので、お散歩の感じがわかるかな、と思って さっき銀杏の黄色い葉っぱをたくさん拾ってきて棺の足元に入れました。

ものすごく泣きましたが、びっくりするくらいあとからあとから涙は出るものなんだなって思っています。

今日はこの後 動物病院の終わり間際なら患畜さんがいないと思うので、お世話になった獣医師の先生に挨拶をしに行こうと思います。


さくぽん、本当に長い間お疲れ様でした。あと6日待ったら誕生日だったけど、さくぽんのタイミングだもんね。
さくぽん、ずっとずっと大好き。ほんとうにありがとう。


写真は20日朝のさくぽん。