2016年9月4日日曜日

東海道53次のツヅキ⑪

東海道53次のツヅキ⑪

~丸子宿から岡部宿まで~

前回のお話はこちら

夏休みが今日から始まりました。今年は9日間。第1日目は東海道53次のツヅキを歩いてきました。


前回の記事でも触れましたが、今回は友人が一緒に行くと言っていたので2人で歩いてきました。
気分は東海道中膝栗毛のやじさん きたさんです。

朝7時に東京駅で待ち合わせをして、青春18きっぷを使って、東海道線で熱海まで。

熱海から乗り換えて静岡駅まで。 3時間半くらいかかりました。

静岡駅からしずてつライナー(バス)を使って、丸子橋で下車。


バス乗り場にも「さくらももこ」さんの絵が。

丸子橋で下車すると、前回の終着点 丸子宿名物 とろろ屋さんの「丁子屋」さんがあります。

友人はきっと清水駅からは丸子宿まで歩いてくれないと踏んで、「とろろが食べたい」と真っ先に言っていたので、今回の旅のはじまりも最初にとろろが食べれるようにしました。


丁子屋さんの前でパチリ。

開店が11時なのですが、11時15分くらいに着きましたが、お店のなかには結構お客さんがいました。

お店の中にはいろりもあって、土間があり 昔の造り。
お店の奥は改築されているのだと思いますがかなり広く、多くのお客さんが来ても わりとすぐ座れる感じでした。

小鉢とお刺身が付く「立ち葵」を注文。 メニューはとろろ汁と麦めし、お新香がセットになっているものから 何種類かのセットメニューと単品料理に分かれてました。


麦めしはおひつで運ばれてきて、とろろと薬味をごはんにかけていただきます。



このとろろ汁、白みその風味で めちゃくちゃ美味しいです。

かつてこの宿場を訪れた人は このとろろ汁で力を出して、その先の旅路も歩いたんでしょうね。

写真を見ていたら、もう一度食べたくなりました・・・

店内には、東海道53次の浮世絵も飾ってありました。


まだまだ半分も歩けてないので、先は長いですが とても楽しみでもあります。

とろろ飯でおなかを膨らませると、お店を出て旧道を歩き始めます。


お店の向かいが旧道とつながっています。

すぐ脇に高札場もありました。


高札を少し読んでみると、人足の駄賃の設定など事細かに記されており、各宿場で 常に安定した運営ができるよう、決められているようでした。


時刻は13時過ぎ。

太陽が真上にあり、炎天下。日陰になる場所も無し。

日焼け止めは塗っていましたが、日傘も必要でした・・・

丸子宿から岡部宿へは距離は7.8キロとさほど遠くないのですが、途中「宇津ノ谷峠」を越える場所があるので、なかなか歩きごたえのある街道だと思います。

旧東海道は国道1号と交わりつつ、また少し逸れつつ 並行を保ちつつ続きます。

あまりにも炎天下がしんどく、途中コンビニがあったので避難しました。

水分と日焼け止めを買い さっそく体の露出している 腕と首、顔に日焼け止めを「これでもか」というほど塗りました。

道なりに進んでいくとやがて 左手側に道の駅があります。

道の駅で少し休憩をとり、その先 宇津の谷トンネルへと国道1号は入りますが、旧道はその手前の陸橋を国道を渡る感じで トンネルを迂回するような感じに進みます。


陸橋の下から見た空が、秋の訪れを少しだけ告げているようでした。


さて、陸橋を渡ります。

陸橋を渡っている時に友人に「写真撮って~」とおどけて歩いているさまを撮ってもらいました。


良く見ると鞄があいてます。(教えてくれたら良いのに 笑)

今日はお気に入りのSOUSOUのもんぺと足袋靴を履いてきました。

暑いので首に手ぬぐいを巻いていたら「まるっきり農家の人みたい」と言われたので「そう?」と言いつつ先を歩きます。

陸橋を越えると街道は 昔の面影を残した道へと変わっていきます。


セミの鳴き声を聞きながら歩く。


このあたりはとても静かで気持ちが良いです。


川も流れています。


こちらは、宇津の谷の里の入り口。



旧道沿いの両脇に並ぶ民家には 木の板に昔の屋号が書いてあり、今でもその屋号でお互いを呼び合うとか。

今回、友人が一番行きたいと言っていたのがこの里で、かつて小田原征伐に東海道を下った豊臣秀吉が馬のひずめの草鞋を変える為立ち寄った民家の亭主が 草鞋を3つ差出し、なぜ3つしか草鞋を出さないのだと亭主に秀吉が聞いたところ4つの4と言う数字は「死」を表わす縁起の良くない数字だったため、3つをお使い頂き、無事に小田原から戻られた時にもう1つの草鞋をお渡ししますので、どうか御無事で御戻り下さいと伝えたところ、秀吉が大層気に入り、ぶじ小田原を征伐した後、またこの里の民家に立ち寄り、自身の着ていた陣羽織を民家の御主人にほうびに渡したことから、「お羽織屋」と呼ばれる民家となった家が現存しており、豊臣秀吉が与えた陣羽織も、いまもなお残っているのです。

この陣羽織がぜひ見たいと友人はあつく語っていました。

私もそういったものは大好きなので、2人ですぐ「お羽織屋」へと足を運びました。


お羽織屋はこちら。

中が見学できるので中に入ると、おばあちゃんが迎えて下さり、お羽織屋の歴史、展示されている品物の解説をして下さいました。

残念ながら中は撮影禁止の為写真はありませんが、豊臣秀吉の陣羽織も観ることができました。

このあたりは戦争中も空襲も無かったそうで 食べ物が無い事でネズミが和紙などを食べてしまい、書面などは淵を食べられてしまったりしたそうですが、陣羽織も骨董品もかなりきれいな状態で残っているとの事。

陣羽織は以前東京の博物館の方がぼろぼろになっている部分を1年くらいかけて直してくれたんです、とおばあちゃんはおっしゃってました。

展示されているものの中には大岡越前の署名のある書物もありました。
びっくりです。

このお羽織屋さん自体建物は400年前のものだそうです。

おばあちゃんに話しをたくさん聞いて、お礼を言ってお羽織屋さんを後にしました。

おばあちゃんのお話、とても面白かった。


里の先石段の道が旧道です。

石段を登りきって、右手側の細いみちを進み、少しいったところに宇津の谷峠の入り口があります。

途中、栗の実がたくさん落ちてました。



普通に山道なので 友人は「え?ここを行くの? ほんとに?」と言ってましたが「峠を越えるから、山道だけど いくらか歩きやすいようだから大丈夫だよ」とはげましつつ歩く。


最初に現れる竹林。 日が差してとても綺麗でした。

実際に、山道と言っても、つらくなく登れます。




お堂の石垣が残ってたりする場所があります。


道も整備されている場所がある為、友人もつらくなかった様子。(良かった)

30分くらいでしょうか、あっという間に峠を下りました。

さて、浮世絵 東海道53次「岡部」はこの宇津ツ谷峠を下る途中、逆側から丸子方面をみた絵となっています。



峠越えが意外とさっくりと終わってしまったためどこから写真をとるか迷っていたら 峠を越えてしまったので、おりた先の写真を現在の浮世絵の場所の比較写真として撮ってきました。

現在のようすはこちら。


あまり比較っぽくないですが、峠を下ったところになります。

***

この先旧道は道なりに進み、「蔦の細道」と合流するところを左手に入り、国道を越え国道1号 岡部バイパスを大きく迂回するような形で進みます。

途中、お茶を無料で飲めるところがあり、お茶を頂いて御主人にまた昔のお話を聞いたりしつつ、さらに先へと進むと 岡部橋が見えます。


この橋を越え、少し行った先が岡部宿となります。

岡部橋から10分ほどでしょうか、柏屋資料館が見えてきます。



こちらは かつての旅籠で、中は見学が出来ます。

やじさん きたさんの復元模型もありました。


私の右の人がやじさん、左の人がきたさん(だったかな・・・?)後ろは宿のおかみさんです笑。


なかの造りはこんな感じ。

資料館の奥には蔵もあり、なかなか見ごたえのある資料館です。

柏屋さんを遠景でパチリ。



こちらも趣のある建物です。むかしもこんな感じだったんでしょうね。屋根は茅葺だったかもしれないですが。

この先には問い屋場跡もあります


ということで、岡部宿到着!!

この後はバスで藤枝まで出て、藤枝駅でお弁当を買い 熱海までまた東海道線で戻り、熱海から鈍行のグリーン車を使って帰ってきました。

ほんとは熱海で日帰り温泉でも寄って行こうか、と話していたんですが 時間が結構遅く 今回は新幹線を使わずすべて鈍行で帰ってきたため乗車時間も長く 温泉に入る時間が取れなかったので、とても残念でしたがそのまま帰宅しました。

電車の中写真を見ながら 今回の東海道について あーだこーだ言いつつ帰ってきてとても楽しい旅路でした。

次回は浜松らへんでまた合流したいと言っているので、また友人と東海道を歩く日がさほど遠くなく訪れそうです。

東海道53次のツヅキまだまだ続く。

2016年8月18日木曜日

さくぽんと病院へ。

今日はさくぽんの動物病院の日。

出かけるほんの数十分前まで雷雨で外がものすごい事になっていましたが、予約の時間があるので、ぼちぼちと支度をして 外を見たらだいぶ小ぶりに。

ヘルニアの術後の経過を診てもらいに動物病院へ行ってまいりました。

***

術後の手術の跡も膿んだりする事なく、はげちゃびんだった さくぽんの背中もだいぶ毛がふさふさになってきました。

先月末の発作もあの時以来、無く とても順調。

足の筋肉をつける為に 無理しない程度の坂道のお散歩と(足に多少の負荷をかけるようにする)家でのリハビリは継続しつつ、安定しているので 今は2週間おきに通院していましたが、今まで通り1ヵ月ごとの通院をする事になりました。

来月はさくぽんの胆嚢炎の経過も診てもらいたいので精密検査をすると思います。
(年に2度ほど精密検査をしています)

今日のように台風の日や天気が極端に悪い日は調子を崩すわんちゃんも多いそうで、気圧の影響があるんですよ、と先生がおっしゃってました。
人間も気圧の影響で頭痛がしたり体調を崩すので ヒトも動物も同じなんだなぁ・・と改めて思います。

先月末の発作以来、さくぽんを注意してみるようにしていたのもあって、さくぽんからすると別に普通の状態でも「あれ? ちょっといつもと違う・・・???」ととても敏感になってしまっていたのですが、先生に診てもらって 安心しました。

ヘルニアのリハビリも、さくぽんの調子を見ながら継続していこうと思います。

***


お話は変わって

今年の夏は自分の中で「もんぺブーム」です。

というのも、デザインが好きでたまに「SOUSOU」で洋服を買ったりするのですが、高島縮のもんぺを購入しました。

高島縮という生地なんですが、とてもサラサラしていて 肌にべたつかず、軽く 気持ちが良いのです。

同じ高島縮でもんぺ以外にもインナー用のパンツも買いましたが、もんぺがかなりのヘビロテで穿いています。



もんぺには草履が似合うので草履も一緒に買いました。

この草履、「あさぶら」も手作りの品で70~85歳の職人さんが数名で1つ1つ作っているそうです。

履き始めは鼻緒が超絶痛いのですが、しばらくするとなじみます。

草履の裏は自転車のタイヤのゴムが使われていて、すべらず 軽く 歩きやすいです。
ミュールのように、素足で履くと足の裏が多少べたつく・・なんて事もなく、はだしで畳の上を歩いている感じで蒸れないし、これまた気持ちよいのです。

東海道53次を歩いている時、「昔はスニーカーなんて無く、草鞋で歩いていたんだよね・・ 何足はきつぶしたんだろう・・」なんて思いながら歩いていたのですが、草鞋が購入出来たので、今度は実際草鞋で東海道53次を歩けるんだと思うと、少し 昔に近づいたみたいで(?)なんとなく嬉しいです。

***

まだまだ暑い日は続きますが 9月に取得予定の夏休みを楽しみに、日々過ごそうと思います。





2016年8月11日木曜日

さくぽんとのお散歩

スマホから更新。

明日は社内のテストがあるので勉強しないといけないのに、ブログを更新しています

こんばんは すずです

今日はお休みだったので、夕方涼しくなってからさくぽんとお散歩。

坂道リハビリの為、また 近所の坂道まで歩きにいきました。

さくぽんに、ゆっくりね と声を掛けていたんですが、多少ふらつきはするものの
、力強く歩くさくぽん。

リハビリの効果がだいぶ出てきたのかもしれない!って思って 本当に嬉しくて涙ぐみました。

さくぽんが元気でいてくれると私も心から嬉しい。

無理しない程度に歩いて、帰宅後 まったりと過ごしました。

日中は暑いので早く秋にならないかなぁと思います。

2016年8月5日金曜日

夏まっさかり。

今日はお休み。
久しぶりにスマホから更新。

梅雨が空けてから、夏まっさかりで毎日暑いですね。

夏があまり好きではない私は日々のろのろと過ごしています。

先月末、さくぽんが軽い発作を起こしたのですが(発作は一時的なものでした)今日は動物病院へ。

発作が短い周期でまた起こるのなら、注意が必要で即来院くださいとの事でした。

さくぽんのかかりつけの動物病院は24時間対応してくれるので非常にありがたいです。

今は落ち着いてるので、様子見で ヘルニアの具合も見ていただきました。

ヘルニアからの回復も順調なので、今後も継続的なリハビリをしていきます。

夕方、日も落ちてからリハビリの為さくぽんと近所の坂道をお散歩しにいきました。

ゆっくり、ゆっくりね と 声を掛けつつ歩く。

少しずつでも、やはりお散歩は楽しいみたいで、見ていて私も嬉しい。


夜は久しぶりにランニングを。



全然走れて無かったので3キロくらいで短いですが軽く走ってきました。

夜でも夏のランニングは吸い込む空気が暑くて、たった3キロでも尋常じゃないくらいの汗が滴り落ちました。


そんな 夏のいちにち。

2016年7月31日日曜日

東海道53次ノツヅキ⑩

東海道53次のツヅキ⑩

~江尻宿から府中宿をへて丸子宿まで~


久しぶりの東海道、歩いてきました。
さくぽんの病気の事もあって、実に4ヵ月ぶりとなる東海道53次の旅。

朝はやめの時間に起床して、いつものごとく東京駅から東海道線で熱海経由、清水まで。
鈍行で行ったので3時間ちょっとかかりましたが、今回は青春18切符を買ったので、お安く行けます。(青春18きっぷは初めて買いました~ のんびり旅にはとても良いですね)


時刻は10時過ぎ。朝ご飯を食べようと、みなと口の改札へ。 さくらももこ の故郷とあって、壁画がさくらももこ作。

みなと口から少し歩くと漁港があります。
その中の飲食店をまとめた建物があり、海鮮店がたくさんあって迷います。展示されてる見本がどれもこれも美味しそうで。 時間が早いので、まだ空いている方だったんですが(開店はおそらく10時)それでも沢山の人でにぎわっていました。

とりあえず、もう入っちゃおうと お店を決めて注文。
日替わりをオーダー。


海鮮どーん!
小鉢とお味噌汁、マグロステーキ付きで1100円。

まぐろステーキ、めちゃ美味しかったです。そしてしらすが美味!あっという間に完食しました。

腹ごなしも済んで、いよいよ東海道を歩きます。

・・・と、その前に江尻宿の東海道53次の浮世絵のご紹介を。


こちらがその浮世絵でございます。

この浮世絵は久能山より清水港を描いたものになります。

ですが、久能山へは行かないので 朝ごはんを食べた後清水の港を現在の様子として写してきました。


こちらは現在の様子。

浮世絵の描いた位置からするとだいぶ東よりなのですが、遠くに山も見えました。

***

さて、前回の終点まで歩きます。


清水の港から15~20分といったところでしょうか。

以前の宿場は現在ではこちらの商店街になっています。

関東も梅雨があけて数日、もの凄い日差し。人っ子一人歩いてはおりません。
熱中症対策として、帽子の装着はもちろんの事(日傘も持てば良かったとのちに後悔)

鞄にはペットボトル、塩分補給の為、干し梅を持って歩きます。

商店街を抜けた先がこちらになります


奥に森のようになっている場所があるのがおわかりでしょうか。 こちらは以前江尻城があった場所になります。

商店街を抜けた左手がわに稚児橋があり、この橋を渡ります。


稚児橋にかっぱの銅像があります。

この橋は江戸時代初期に徳川家康の命によりかけられた橋で、橋がかけたれた最初の日に川の中からお河童頭の稚児があらわれて、府中宿方面へ歩いて行ったと伝えられて稚児橋の呼び名がついたそうな。

炎天下の中、誰もいない稚児橋を渡り、奥へと進みます。 この先に追分羊羹の老舗があるらしく楽しみにしていたんですが、あまりにも暑くてぼーっとしながら歩いていたので、見つけられないまま(おそらくお店の前をそのまま通り過ぎて)先へ歩いてしまいました。

先にすすむと左手側に「都田吉兵衛の供養塔」がありました。清水の次郎長の子分、森の石松を殺した男がかたき討ちにあったものを弔う塔。 (弔塔なので写真は撮りませんでした)

供養塔を過ぎて、大沢川にかかる金谷橋を渡ります


道はやがて東海道本線の線路と合流し、東海道線を横切り西へと歩きます。

途中東海道線の踏切を渡る時、線路の奥にもやもやと蜃気楼が見えました。

更に進むと草薙一里塚跡があります


あまりにも日差しが照りすぎていて、追加の水分を買いにコンビニへ避難しました。

江尻の宿場からここまでで、アクエリアスは1本消費していましたが、更にハーブの入ったお茶を購入。 梅をかじりつつ、お茶を飲んで出発します。

その先には草薙神社大鳥居が、道の途中にどーんとあります



以前は大鳥居よりも少し手前に、草薙神社へと向かう参道があったそうで、現在では鳥居よりも手前にある市立第七中学校らへんに大名に茶をふるまったお茶小屋があったとか。

確かに中学校のそばの道を見ると奥に向かって坂になってました。江戸の頃は杉並木があったそうで、今でも字名として草薙杉道として名のみ残っているそうです。

地名や、その地に多く住まわれている方の名など 確かに昔からの歴史があって面白いなぁと思います。私の御先祖様もどこで何をしていた方たちだったんだろう・・・ もっと祖母に話を聞いていたら良かった。

***

さて、鳥居を過ぎ西へと歩いて行くと東名高速道路の高架下へと出ます。

高架下が良い日よけとなっていたので、ここでしばし休憩。

日焼けしたく無かったので、長袖の麻のシャツとデニムのショートパンツにレギンスをはいて露出の無い服を選びましたが、麦わらのハットをかぶっていたんですが つばが広く無かったので、顔が焼けている気がして、日焼け止めは塗っていましたが ほほと 鼻が火照ってる感じがしました。

さらにこの先、だいぶ道を間違えつつ歩くのですが・・・


旧道をゆるゆると、また歩き始めます。


途中で、鶏農家さんの卵の直売所があって、名古屋コーチンの卵とかも安く売っていて、買うかどうしようか、荷物になるけど欲しいなぁ・・と迷ったんですが、この暑さだと帰る頃にはゆでたまごになっているかもしれない・・と本気で思って断念しました。

東海道本線をまた横断する手前に東海道記念碑があります。




東海道線の下のトンネルを横断し、道なりに歩いて行くと、左手側に一里塚跡。




静岡鉄道の古庄駅との中間地点に国道1号があり、しばらく歩いたのち、逸れて静岡鉄道と並行するように道沿いを行き、こんどはまた東海道本線を横断。



旧道を歩きたいので、線路を何度も越えたり戻ったりしつつ歩きます。

東海道線を横断する時、左には東静岡駅。ぐるっと迂回するような形で、今度はまた東海道線を横断して静岡鉄道の春日町駅付近まで戻ります。


このあたりより府中宿は始まります。

東見附から西見附まで3,600m。府中宿は大きかったんですね。

ここから、旧道は右手に逸れていくのですが、間違えて国道1号と並行して歩いてしまって、道を間違えました。 あ、間違えた!と気がついた時にはだいぶ歩いてしまった後だったので、戻るのはあきらめ、途中から旧東海道へまた合流。



東側より、下横田町、院内町、上横田町、鋳物師町、誉田町、伝馬町とつづく府中宿ですが、伝馬町から合流した為、かなりの町を飛ばしてしまい残念・・・・・悔やまれます。
ですが更に、新谷町、江川町、呉服町、札の辻、七間町、人宿町、梅屋町、新通、川越町までと府中宿は続きます。

1つ1つの町は小さいですが、かつてあった駿府城の城下町とあり、曲がりくねる街道となっています。

途中、本陣跡や脇本陣跡も標示があります


なのですが、この日は安倍川の花火大会があるらしく、ゆかたを着た大勢の人でかなりのにぎわい!

ゆっくり写真を撮りたくても撮れない状況でした。。
沢山の史跡や解説もあり、さすがは徳川家康だなぁ・・現代でも引き継がれているよ・・と思いつつ、ゆっくりとかつての城下町を歩きました。

しかし、あれですね ポケモンGOが日本でもリリースされてからスマホを持って街中に向けていると「あ、あの人ポケモンやってる!」といった目で見られます。
残念ながら私はゲームは全く興味が無いので、スマホで追ってるのはポケモンでは無く、史跡です笑。 バーチャルよりも、人々の残した歴史だとか、生活の跡にとても興味があるのです。

沢山の可愛い浴衣を着た女の子たちの群れに、汗だくで火照った顔で本(ガイドブックと地図が一緒になった東海道の本)とペンを片手にうろうろしてる私。
その状態があまりにシュールすぎて時折吹き出しそうになります。


それでも駿府城の石垣を見ると萌えます。

大きいお城だったんだなぁ・・・



町のいたる所にその痕跡を伺えます。 因みに町奉行所のあった場所の前は現在では静岡県庁があります。


各町々もわかるように跡として残っています。

あまりに人も多く、そして安倍川を渡った先に丸子宿があるので、向かう方向も同じでどうしよう・・・と思いつつも、今日はどうしても丸子宿へと行っておきたかったので 更に歩きます。

駿府公園の先の札の辻跡より左折し、七間町を抜けます。


ガイドブックを見ると七間町の先、サッカー用品店の角を右折と記載があって、「ちょっとまって サッカー用品店が無くなってたら、どこを曲がるかわからないじゃない」と不安に思ってたんですが、サッカー用品店はありました。

ほっとして、右折をして 更に本を見るとそのさき、写真店の角を左折、と記載があり「今もあるのかなぁ・・写真店・・・」と思っていたら、案の定今は無くて左折する場所を少し行きすぎてまた戻りました。地図と見比べてちょっと行きすぎたかな と 早く気がついて良かったです。

左折した先は「新通」でその先に行くと安倍川へと続きます。


安倍川の手前には道標もありますが、花火大会ですから沢山の出店の数。

うわ~ 何か食べようか と少し思ったのですが、全然おなかがすいていません。
朝10時過ぎに丼を食べたきり何も食べてないのに、炎天下の中長時間歩いているせいか、ぜんぜんおなかが空かないのです。

安倍川を渡る手前にあべかわ餅の老舗のお店があるので、1箱買いました。
府中宿の「食」はあべかわ餅。

さて、東海道53次「府中」の浮世絵はこちら。


駿河湾へと続く安倍川を渡る旅人の様子が描かれています。

現在の様子がこちら。


花火大会の人の多さで川岸まで行くのを断念した写真になりましたが、奥には安倍川が流れています。(陸橋のところですね)

橋を渡るときに安倍川を撮ってみました。



とても綺麗な川。
昔は人足で渡ったんですね。

橋を越えると 間の宿「手越」。しばらく道なりに行き、国道1号と重なった先、佐渡交差点で左へ。
更に街道を行くと、本陣跡、お七里役所跡があります


こちらは見附跡。





こちらは本陣跡。

七里役所は前回の東海道ノツヅキでも書きましたが情報伝達の為七里ごとに設けた役所です。

さて、丸子宿到着ー!!

今回はなぜ丸子宿まで歩いたかというと、この先に丸子宿名物のととろめし屋さんがあるのですが、以前 沼津で一緒に東海道を歩いた友人が「ととろ飯を食べて宇津の峠へ行きたいから一緒に行く」と言っていて 府中宿からは一緒に歩いてくれないだろうなぁ・・・と思って とりあえず、丸子宿まで先に歩いたのでした。 宇津の峠はさらにこの先になります。

名物のととろ飯屋さんはこちらです



こちらは東海道53次の浮世絵「丸子宿」でも描かれています



こちらがその浮世絵。

次回行くのは9月最初になりますが、この先の旅路も楽しみ。

とろろ飯、先に食べてみようかな と時計を見ると18時過ぎ。お店は19時閉店で今日は花火大会だし、早く店仕舞にしたいかも・・・と思って 食べるのは断念しました。

***

帰りはバスで静岡駅まで出て、そこから熱海へ。 時間がだいぶ遅かったので 熱海から新幹線で東京へと帰りました。


ちなみに 新幹線の車内で先ほど買った あべかわ餅を少し食べて帰ってきました。


開けるとこんな感じです


疲れてたのもあるし、甘いもの大好きなので美味しかったです。

今回は江尻宿~府中10.5キロ、府中~丸子宿5,6キロだったので16,1キロ歩きました。

歩くより走る方が楽なのと夕方でだいぶ日が落ちたのもあって、丸子宿に向かう間の道は走ったりしました。

今朝、さっそく足が筋肉痛です。。

また日焼け対策はしたものの、汗で日焼け止めも落ちちゃったので 日に焼けて赤くなった鼻の頭が悲しいですが、楽しかったので良しとします。




東海道53次の旅、まだまだ 続く。