東海道53次ノツヅキ
~川崎宿から神奈川宿をへて保土ヶ谷宿~
今月も「東海道を歩く」日がやってまいりました
前回のお話はこちら
朝6時に起床して、6:30には出発しようと思ってたのに、ついつい愛犬さくぽんと遊んでしまい7時前に出発。
余談ですが、私は身支度がとても早いです。普段の仕事のある日もお弁当を作っている時間も含め30分程で支度が終わります。
普段もノーメークなので洗顔と着替えだけでOKなのです。
さて前回は川崎宿まで歩いたので、今回は川崎宿まで電車で行きスタートとなります。
電車にゆられ京急川崎駅へ。
朝食を採ってこなかったのでお腹が空いています。駅に着いてすぐ朝ごはんを食べることにしました。
あたりをキョロキョロ見渡しつつ、旧東海道へ歩きます。
ふと視線の先にモスバーガーが見えました。「朝モスも良いな・・・」とすぐ入店。
今日は気温が朝16度程だったため、肌寒く 羽織るもののチョイスを間違えてきたのでちょっと後悔していました。暖かいコーヒーはそのおかげか ほっと一息。
お腹がいっぱいになると、不思議なもので体感温度もあがります。
今日もガイドブック兼地図を片手に出立します。
時刻は9:00。起床が6時だったのにもう3時間も経過しているなんて。
旧東海道に戻り歩きはじめます。
***
商店街を抜けて、道のあちらこちらに案内板があります
かつて宿場町だった町4つ(久根崎、新宿、砂子、小土呂)を抜けて行くのです。
当時の面影はなくとも案内板を見るとなるほどと、当時の様子がわかります。
宿場の最後の町 小土呂を抜けると芭蕉句碑があります
「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」
元禄6年5月、江戸から上方への旅で門生達との別れの句、関東での最後に詠んだ句で同年10月に芭蕉は大阪で亡くなりました。
芭蕉は実は全然知識が無く、「奥の細道の人」くらいしか知らないので、詳しい方だと芭蕉の旅路だとか色々思いめぐらせる事が出来るんだろうなぁ と少しうらやましく思いました。
その先には京急八丁畷駅。線路をまたぎ、左手を歩きます。
かつてこのあたりは畑が多く、畑の真ん中に東海道が伸びていたようです。
更に歩き京急鶴見市場駅付近に差し掛かる頃に市場一里塚があります
東海道を歩いていると「一里塚」と呼ばれるものを多く目にします
なんだろう一里塚って?って思っていたら案内板に書いてありました。
「江戸日本橋より一里ごと(約4㌔)に人馬の休息の為の目安に設けた塚」だそうです。 知らないで歩いていました。
なるほど と思い、そうだ 気になった事や一口メモみたいなものをガイドブックに書き込んで行こう。と思い立ち、市場一里塚先にあるコンビニでボールペンを購入。
早速ガイドブックの余白に「一里塚」の意味を書き込みました。
また一里塚先にある、ノスタルジックな銭湯を発見したので、併せてガイドブックに「寿湯」と書き込みもしておきました。(営業時間外で入湯出来ず残念)
ほどなくして、鶴見川を渡る橋があります
あいにくお天気は曇り空。降水確率はかなり低いので降りはしないだろう、と思いながらも重い雲にすこし不安になります(今日も傘を持参していません)
川を渡ると左側に「鶴見橋関門旧蹟の碑」があります。
横浜開港以来、外国人に危害を加えたりせぬよう多くの関所が設けられ取り締まりを厳しくしていたそうで、記念碑は明治に入って(明治15年)に建てられたもの。
確か学校で「生麦事件」だとか習ったはずなんですが、当時はあまり歴史に興味がなく、授業での事は全く覚えていません。
大人になってから興味が出てくる場合もあるので、夢の中で良いので一日1時間くらい過去戻って授業を受けたいです。
さてこの先旧東海道を道なりに行けば良いのですが、道なりと言っても 道はただまっすぐ伸びている訳ではなく 多少まがりくねったりしているのです。
地図を片手に歩いているとはいえど、極度の方向音痴な私なので「地図を持っている自分」を全く信用しておりません。悲しい事に。
まっすぐ歩いていたら、高速道路横羽田線に出てしまいました。
「あれ?これ違くない??」と気が付き、地図を見ても何処で間違えたのか分かりません。やっぱり「地図を持ってる自分」を信用できないのです。
間違えた時は来た道を戻ろう、とトボトボ歩きます。
何度も地図を見て あ。この小さい川は渡っちゃだめなんだ と分かる場所まで戻り、ようやく旧東海道を見つけ、また歩きました。
結構、ロスしちゃったかな?と時計を見るとまだ10時過ぎだったので、そもそもロスも何もなく、歩きたいだけなんだし。と気を取り直し 歩きます。
生麦駅方面に歩くのですが、少し街なみに昔の街道の名残があるようでした。
とても魚屋さんが多く、魚屋さんを何軒見ただろう… 6軒程あったように思います。
昔はこのあたりは魚河岸があったようなので、それも名残なのかもしれません。
旧東海道と国道15号の合わさる少し手前に生麦事件の碑があります
英国人を薩摩藩士が殺傷してしまった事件です(ものすごく端折ってます)
ここから先はひたすら国道15号を歩きます。
道なりにある良泉寺。
このあたりには数多くのお寺や神社があります。
かつて開港当時このあたりの多くの寺院は外国の宿舎として利用されていたそうな。お寺だとお食事は精進料理だと思うのですが、当時外国の方達が泊まられていた時はどんな食事だったのでしょうか・・・?精進料理は食べないよね?きっと・・・とまた調べたくなりましたが、とりあえず後で調べる事にして歩きます。
なのですが、このあたりの旧東海道が良くわからないのです。
ガイドブックにも「不分明」と書かれていました。
ガイドブックが分からないのに私が分かるわけないよね と思いつつ、とりあえずガイドブックに載ってる道を歩きます(途中でまた少し迷いました)
途中の学校の壁画に東海道の街並みが書かれていました。
芭蕉の句碑のある能満寺(お寺入口のススキのふさふさとした穂が綺麗でした。墓地があるので写真は撮らず)
その隣にある神明宮を参拝し、さらに先を歩き金蔵院、熊野神社へと歩きます
さらっと書いてますが、本当に道が入り組んでいて歩きながら「わっかんないなぁ・・・」と本を片手に独り言をつぶやきました。
熊野神社には樹齢400年の御神木があります
そっと手を合わせて たくさん落ちている銀杏を見て秋の訪れを感じました。
その先には「高札場」が復元されている場所があります
高札場とは当時決まった決まりごとなどが書いてある場所で、この高札を見て幕府や領主の決めた決まり事を確認していたと思うのですが、どの位の人々が高札を読んだんでしょうか?ほとんど地域に根付いていて 高札を見ていない人は居ない位浸透していたんでしょうか・・? このように、東海道を歩いていると数々の疑問が湧き、知らない事に気が付くと調べてみたくなる私は帰宅してから、数々の”課題”を消化していくのも、また東海道を歩く上での楽しみなのかも知れません。
***
道なりに進んで行くと成仏時があり こちらは宣教医師ヘボン博士の宿舎だったお寺。ヘボン博士の「ヘボン」はローマ字のヘボン式のヘボン。日本で初めての和英辞典を完成させた人です。(すごい!)
滝ノ橋を渡り、青木橋を越え ようやく良く分からなかった旧東海道が分かるようになります。
青木橋の先、坂を登ると右手側に大綱金毘羅神社。
以前はお社の前に一里塚があったそうです。
そしてこのあたりが歌川広重が描いた東海道53次の宿場町「神奈川」となります
現代のようすはこちら
浮世絵ではもう少し坂の下らへんを描いていたと思いますが、分かりずらかったので、少し坂の先で写真を撮りました。
さて、時間は13時頃、実は「神奈川宿」はどのあたりから何処までなのかが、いまいちわかりませんでした。数多くのお寺も宿場の中に入っていたと思います。
でも、とりあえず神奈川宿についているのでお昼をとる事にしました。
このあたりには割烹などちらほらあるのですが、お財布事情があまり安心できなかったので、もう少し手ごろな場所を探します。
和食屋さんを見つけたので、入って せっかく昔は海が広がっていたんだものと言う事で海鮮丼を注文しました。
ご飯の硬さがとてもいい塩梅ですごく美味しかったです。
このあたりは横浜駅も遠くない場所になります。
食事をとり終え、また歩きはじめます。今日は保土ヶ谷宿を終点にしようと決めています。
先程の神社のある坂を上りきり、少し下ると「上台橋」があり
ここが、川崎宿のはずれになります。
更に先に進み、すこしカーブしつつも道なりに行き(途中また間違えました)
浅間神社の脇を抜け、更に歩くと松原商店街があります。
昔は海沿いに松並木があった事からこの地域は松原と名がついているそう。
この松原商店街が非常に活気があって、毎日ここで買い物したら楽しいだろうなぁと思いました。お野菜も安いし、お惣菜屋さんもありました。
その先には橘樹神社があり、直進し橋を渡ると相模鉄道 天王寺駅。
駅を抜けると小さな公園があり、旧帷子橋跡があります。
こちらは浮世絵の「保土ヶ谷宿」。
浮世絵の中では帷子川、川に架かる橋、帷子橋が描かれていますが、残念ながら今はこちらの場所は無く、現在では天王寺駅先の小さな公園に橋の模型があります。写真が少し斜めになってしまいました。
その先を歩いて行くと金沢横町道標があります
更に先を行くと「保土ヶ谷宿本陣跡」もあるようですが、今日はいったんここまでで、保土ヶ谷宿到着~。として、さて お茶でもしようかと 歩いてきた商店街を少し戻り、ドッグカフェがあったので 犬は連れていませんが、カフェで休憩。
次回は保土ヶ谷宿スタートとなります。
本日の行程は川崎宿から神奈川宿まで9.7㌔、神奈川宿から保土ヶ谷宿まで4.9㌔の計14.6㌔の旅程、距離を歩きました。
歩いた距離も多くなかったので、全然疲れなかったです。
今日の一日をつらつらと書いていますが、東海道の記事はとても長文になりますね。
読んでくださってる方は疲れちゃうんじゃないかと思うのですが、後から自分で読み返してみると そうそう、この道をあるいて、あの場所に出て とか分かると自分の中では楽しく、つい歩いた行程をつらつら書いてしまいます。
このままのペースで行くと箱根に差し掛かる頃は雪なのではないか…と懸念を抱きつつも、第2回目の東海道53次の旅路は終了なのであります。
次はなるべく早く出立しようと帰りの電車で思うのでした。
東海道53次、まだまだ続く。
2015年10月5日月曜日
2015年9月20日日曜日
東海道53次ノハジメ
東海道53次ノハジメ
~日本橋から川崎宿~
東海道53次。
言わずと知れた江戸、日本橋から京都、三条大橋までの約492㌔、53もの宿場である。
歌川広重の浮世絵がとても有名な、あの東海道53次。
いつか東海道を歩いてみたいなぁと、ぼんやり思っていましたが、本当に歩いてみようかな・・・と思い立った次第でございます。
まず最初に地図の載っているガイドブックを2冊購入。
実際、歩きはじめるにあたり”自分的ルール”もいくつか設定しました。
ここでルールの説明です
・宿場から宿場の移動にあたり、宿泊が出来ない為、日帰りの工程とする。その際、自宅に戻る為の折り返しは宿場とする
・各宿場で、食事をとる(その地域の美味しいものはなるべく食べる)
・風呂があれば入れればなお良し(その為お風呂セットを持参する)
・無理をしない
・嫌になったら、やめても良し
最後のほうがかなり自分に甘い設定となりましたが、楽しくなくても嫌なのであえて無理をしない設定にしました。
また、日帰りでの旅程となる為、始点から途中まで歩き、電車で帰宅し また次回はその途中まで電車で行き…といった工程になる為、後になればなるほど、お金がかかるという具合です。はたして何回で京都までいけるのでしょうか…
とりあえず月1回は「東海道の日」を作りたいと考えています。
***
さて、さっそく旅路へと出立すべく、目覚ましを早めの時間にセットしていたにも関わらず、少し寝坊ぎみで日本橋へと向かいます。
朝8:30日本橋へと到着。
履いて行く靴を色々考えて、とても軽いロードラン用の靴にしようかと思ったのですが、足の裏が痛くなるのも嫌なので、靴底の厚めの靴を選びました。
こちらは、かの有名な歌川広重の東海道53次「日本橋」。
先日、浅草にあるアミューズミュージアムという美術館へ行ったのですが、その時浮世絵のムービーが上映されていて、こちらの浮世絵の解説を聞いてまいりました。
夏の明け方の日本橋の風景。当時は魚河岸があり、大名行列の脇にはこれから魚を売りにいく行商、また橋のたもとには、行商が落としていったかも知れない お魚をいただいている(かもしれない)犬。
日本橋には「魚市場発祥の地碑」があります(見なかったですが)
さて、こちらは現在の日本橋。
浮世絵右側、橋のたもとに掲げてある高札、現在ではその場所には交番が。
昔も今も「お上」がかかわっているのは変わらないのですね。
そんな風な解説もありました。
***
日本橋より15号、第一京浜をひたすらにまっすぐ歩きます。
京橋、銀座を抜けて新橋を抜け、浜松町へ。
日本橋からここまでは非常に近く、朝8:30スタートだったので休日の都心はまだあまり人がいなく気持ちよく歩けました。
途中、朝ごはんを食べていなかったのでとてもお腹がすき、どうしようか…とあたりを見回すも、お店はまだ開いておらず、結局吉野家で「とうふぶっかけ飯」290円を食べました。
東海道最初の食事は吉野家…
今度からおにぎりでも持参しようと思いつつ、空腹も満たされたので良しとします。
浜松町にさしかかると右側に芝大神宮があります。
今日は祭りだったようで、おみこしが神宮へと向かっていて、参拝するのは止めにしました。
その先、奥には増上寺があります。
こちらでは参拝させて頂きました。
東海道は神社やお寺が非常に多く、第一京浜沿いに数えられないくらいお寺や神社があります。
増上寺を後に、また第一京浜へと戻り、金杉橋を渡ると、その先は田町。
田町までも、さほど遠くは感じず、まだ足は軽いです。
田町を過ぎて、高輪へ。
札の辻の交差点を過ぎると「高輪大木戸跡」があります。
ここは、江戸の一番南、これから京へと旅立つ方を見送ったりした場所だそうです。
いくつも積まれた石垣に当時の江戸を思いました。
ガイドブックによれば、江戸日本橋を朝4時頃出発して、ここで夜明けの提灯を消したとか。
季節にもよるだろうけども、朝4時にまだ暗く、ここで提灯を消すとなるとやはり1時間は当時も歩いたのかもしれません。
今は歩道も整備されているけども、当時は土の道だし、橋も木製だし、靴も草履。
歩きやすさはどのくらい違うのでしょうか…
草履は持っていませんが、足袋は持ってるので今度は足袋で歩いてみようか…など考えつつ、その先右手側奥にある「御田八幡神社」へ。江戸時代にはお社の向こうは海だったとか。こちらでは参拝後、御朱印を頂きました。
ここまで歩いてきたけれど、今では埋め立てられてしまった川なども多く、当時を偲べる場所も少ないのかも知れない。
更に歩くと 泉岳寺の交差点に差し掛かる。
泉岳寺もお参りした事が無かったので、お参りを。
このあたりは古くからある歴史のある建物も多そうなので、また別途来てみたら面白そうだなぁと思いました。
泉岳寺を過ぎると品川までは目と鼻の先。
最初の宿場「品川宿」は北品川駅そばになるので、JR品川駅を更に過ぎ八ツ山橋を左に折れ、旧東海道へと進みます。
ここまで超方向音痴な私でも本を片手に迷わず来れました。 笑。
旧東海道に入ると、品川宿まではとても近いです。
こちらは現在の品川宿。
商店街になっております。
こちらは浮世絵の品川宿。
現在では海はありませんが、当時は遠浅の海が広がっていて、ここで採れた海苔が浅草へと渡り「浅草海苔」になったとか。
…知りませんでした。浅草の方も海だったので、浅草で採れた海苔を浅草海苔だとずーっと思っていたのですが…。
さて、最初のミッションです。
「宿場で食事をとる」
ちょうど、時間も昼前だったので早速食事をすることに。
とはいえ、休日だからか開いているお店はさほど多くはないようでした。
商店街には「品川宿」のポスターが貼られ、昔もここは活気があって食事ができるところもたくさんあったんだろうな。でも宿場って位だから、宿だけなのかな?など色々考えつつ、お蕎麦屋さんを発見したので入ってみることに。
もう秋だというのに、今日は夏のように暑く「冷やし蕎麦」を注文。
ハマグリの出汁をきかせた塩ベースのつゆのお蕎麦で、汗をかいていたので塩味がとても美味しかったです。
他にも「花魁蕎麦」など、”品川宿っぽい”感じのメニューもありました。
商店街にもお寺が多々あり、善福寺へ寄りました。
こちらは「伊豆長八の鏝絵」が有名だそうで、以前紹介した猫の漫画、「猫絵十兵衛お伽草紙」にも鏝絵がちょろっと出てくるので、見てみたかったので寄りました。
この壁に描かれた龍?が鏝絵だと思うのですが(違ってたらどうしよう)鏝だけで、壁に絵を装飾したとはすごい。左官屋さんてすごいな…と。
現代でも鏝絵とかあるのかな?
自宅の壁に鏝絵とかあったら素敵だなぁ…と思いましたが、富の象徴として装飾されいたもののようなので、私には無理だな。と少ししょんぼり。
***
さて、今日はもう少し歩こうと また旧東海道へと戻り歩きます。
まだ足は大丈夫。
ひたすらと旧東海道を歩き、品川橋を渡る。
青物横町ふきんに差し掛かると品川寺があります
本によりますと江戸六地蔵の一つである露座の地蔵の地蔵菩薩像があると載っていたので、参拝をさせて頂き、また歩きます。
浜川橋(泪橋)を渡ると、鈴ヶ森刑場跡へと続きます。
鈴ヶ森刑場跡ではお線香をあげさせて頂きました。
ここまで来ると足が大分重くなってきました。
ここから先、旧東海道はやがて第一京浜とまた同じになり、さらにさらに川崎へと続いていきます。
・・・・が、ここからが本当に長い!たぶん距離にすると7㌔位だと思うのですが、普段7㌔なんて全然ランニングで走っている距離なのにひたすら続く第一京浜… とても長く感じます。 また第一京浜に沿って神社やお寺が非常に多く、ふらっといくつか参拝させて頂きましたが、ひとつひとつ参拝していたらどんどん時間が経過する程に非常に沢山あります。
もう秋だし、なんて思いつつ日焼け止めをしてこなかった自分をかなり後悔します。
ジリジリと照りつける太陽。
帽子はかぶってきたので良いのですが、腕が真っ赤に日焼けしました…
夏の間あんなに日傘をさして日光をよけたというのに。
なぜアームカバーを持ってこなかったんだろう… 今もヒリヒリ痛いです。
炎天下の中ひたすら続く第一京浜。今日一番ここがつらかったです。
だんだん足もパンパンになってきて、足裏も痛くなってきました。
いっそのこと、途中の蒲田で引き返そうか…と思いつつ、せっかく東海道53次初日なんだから、せめて自分できめたルール通り「折り返しも宿場まで行く」を守ろうと自分に言い聞かせます。
そしてやっと多摩川に差し掛かります。
当時は今掛っている「六郷橋」よりもう少し下流に「六郷の渡し場」があったようで、六郷の渡し跡があるようなんですが、どこにそれがあるのかが分からず、ウロウロしていたんですが、ブルーシートな方たちもちらほらいる様で怖かったので、跡をみるのはあきらめ、新六郷橋を渡った後、また旧東海道へと進みます。
もうすぐ、ようやく川崎宿へ到着となります。
足は重く、足の裏も痛く普段ランニングしていてもまだまだ運動量が足りないのかと少し悲しくなりつつも、しばらく歩くと到着致しました。川崎宿。
・・・・が、当時の面影は全然なく、案内板などはあちらこちらにあります。
こちらは浮世絵の川崎宿。
川を渡るとずっと宿場町が続いていたんですね。
宿場は久根崎、新宿、砂子、小土呂の4町で構成されていたとの事ですが地名が残っている場所もありますが残念ながら今では当時を思い起こせる場所はないようです。ですが、「東海道かわさき宿交流館」なるものがあり、当時の宿場の様子を知る事の出来る施設が旧東海道沿いにあります。
残念ながら、私がその施設の前を通った時には、片付け作業をされているようだったので、もう閉館なのか…と思い、立ち寄れませんでした。
次回は、川崎スタートなので、最初に、「東海道かわさき宿交流館」に寄り当時の川崎宿を体感(?)してから、また東海道53次の続きを楽しもうと思います。
ちなみに、現在の川崎宿の様子はこちら。
あぁ、当時は偲べない…。
町のあちこちに案内板があるので、見て歩くのはとても楽しいです。
あっと、忘れていました。大事なミッション、「宿場での食事」。
川崎宿に到着したのは16:30頃。
夜ごはんを食べるには早いので、和菓子のお店を見つけたので、どら焼きを購入。
生どら焼き。
こちらを川崎宿での「食」といたしました。
当時はどら焼きなんてあったのかな?
気になってみたので、少し調べてみると、江戸の時代にもどら焼きはあったようです。
ですが、形は今のどら焼きのように丸くなく、四角いものだったようです。
なるほど。
でも、疲れてる体に甘いものってほっとしますよね。
当時の東海道を旅した人もそんな風に思ったりしたかな。
***
日本橋を朝8:30に出て、川崎に16:30。
お昼の時間や参拝をしてところどころ立ち寄り時間はあったものの、8時間歩きました。
実際に歩いてみて、足は棒のように疲れたけど&腰が痛く…(不甲斐ない!)いろんな歴史の跡をたどり歩く東海道の旅路、とても楽しかったです!
今回の旅程は日本橋~品川宿~川崎宿の7.8㌔~9.8㌔の計17.6㌔。
結構疲れたけどハーフにも満たないなんて少し驚きました。
次回は川崎宿スタートです
次回はいつ歩けるかなぁ…
日程は未定ですが、東海道53次、続きます
つづく
~日本橋から川崎宿~
東海道53次。
言わずと知れた江戸、日本橋から京都、三条大橋までの約492㌔、53もの宿場である。
歌川広重の浮世絵がとても有名な、あの東海道53次。
いつか東海道を歩いてみたいなぁと、ぼんやり思っていましたが、本当に歩いてみようかな・・・と思い立った次第でございます。
まず最初に地図の載っているガイドブックを2冊購入。
実際、歩きはじめるにあたり”自分的ルール”もいくつか設定しました。
ここでルールの説明です
・宿場から宿場の移動にあたり、宿泊が出来ない為、日帰りの工程とする。その際、自宅に戻る為の折り返しは宿場とする
・各宿場で、食事をとる(その地域の美味しいものはなるべく食べる)
・風呂があれば入れればなお良し(その為お風呂セットを持参する)
・無理をしない
・嫌になったら、やめても良し
最後のほうがかなり自分に甘い設定となりましたが、楽しくなくても嫌なのであえて無理をしない設定にしました。
また、日帰りでの旅程となる為、始点から途中まで歩き、電車で帰宅し また次回はその途中まで電車で行き…といった工程になる為、後になればなるほど、お金がかかるという具合です。はたして何回で京都までいけるのでしょうか…
とりあえず月1回は「東海道の日」を作りたいと考えています。
***
さて、さっそく旅路へと出立すべく、目覚ましを早めの時間にセットしていたにも関わらず、少し寝坊ぎみで日本橋へと向かいます。
朝8:30日本橋へと到着。
履いて行く靴を色々考えて、とても軽いロードラン用の靴にしようかと思ったのですが、足の裏が痛くなるのも嫌なので、靴底の厚めの靴を選びました。
こちらは、かの有名な歌川広重の東海道53次「日本橋」。
先日、浅草にあるアミューズミュージアムという美術館へ行ったのですが、その時浮世絵のムービーが上映されていて、こちらの浮世絵の解説を聞いてまいりました。
夏の明け方の日本橋の風景。当時は魚河岸があり、大名行列の脇にはこれから魚を売りにいく行商、また橋のたもとには、行商が落としていったかも知れない お魚をいただいている(かもしれない)犬。
日本橋には「魚市場発祥の地碑」があります(見なかったですが)
さて、こちらは現在の日本橋。
浮世絵右側、橋のたもとに掲げてある高札、現在ではその場所には交番が。
昔も今も「お上」がかかわっているのは変わらないのですね。
そんな風な解説もありました。
***
日本橋より15号、第一京浜をひたすらにまっすぐ歩きます。
京橋、銀座を抜けて新橋を抜け、浜松町へ。
日本橋からここまでは非常に近く、朝8:30スタートだったので休日の都心はまだあまり人がいなく気持ちよく歩けました。
途中、朝ごはんを食べていなかったのでとてもお腹がすき、どうしようか…とあたりを見回すも、お店はまだ開いておらず、結局吉野家で「とうふぶっかけ飯」290円を食べました。
東海道最初の食事は吉野家…
今度からおにぎりでも持参しようと思いつつ、空腹も満たされたので良しとします。
浜松町にさしかかると右側に芝大神宮があります。
今日は祭りだったようで、おみこしが神宮へと向かっていて、参拝するのは止めにしました。
その先、奥には増上寺があります。
こちらでは参拝させて頂きました。
東海道は神社やお寺が非常に多く、第一京浜沿いに数えられないくらいお寺や神社があります。
増上寺を後に、また第一京浜へと戻り、金杉橋を渡ると、その先は田町。
田町までも、さほど遠くは感じず、まだ足は軽いです。
田町を過ぎて、高輪へ。
札の辻の交差点を過ぎると「高輪大木戸跡」があります。
ここは、江戸の一番南、これから京へと旅立つ方を見送ったりした場所だそうです。
いくつも積まれた石垣に当時の江戸を思いました。
ガイドブックによれば、江戸日本橋を朝4時頃出発して、ここで夜明けの提灯を消したとか。
季節にもよるだろうけども、朝4時にまだ暗く、ここで提灯を消すとなるとやはり1時間は当時も歩いたのかもしれません。
今は歩道も整備されているけども、当時は土の道だし、橋も木製だし、靴も草履。
歩きやすさはどのくらい違うのでしょうか…
草履は持っていませんが、足袋は持ってるので今度は足袋で歩いてみようか…など考えつつ、その先右手側奥にある「御田八幡神社」へ。江戸時代にはお社の向こうは海だったとか。こちらでは参拝後、御朱印を頂きました。
ここまで歩いてきたけれど、今では埋め立てられてしまった川なども多く、当時を偲べる場所も少ないのかも知れない。
更に歩くと 泉岳寺の交差点に差し掛かる。
泉岳寺もお参りした事が無かったので、お参りを。
このあたりは古くからある歴史のある建物も多そうなので、また別途来てみたら面白そうだなぁと思いました。
泉岳寺を過ぎると品川までは目と鼻の先。
最初の宿場「品川宿」は北品川駅そばになるので、JR品川駅を更に過ぎ八ツ山橋を左に折れ、旧東海道へと進みます。
ここまで超方向音痴な私でも本を片手に迷わず来れました。 笑。
旧東海道に入ると、品川宿まではとても近いです。
こちらは現在の品川宿。
商店街になっております。
こちらは浮世絵の品川宿。
現在では海はありませんが、当時は遠浅の海が広がっていて、ここで採れた海苔が浅草へと渡り「浅草海苔」になったとか。
…知りませんでした。浅草の方も海だったので、浅草で採れた海苔を浅草海苔だとずーっと思っていたのですが…。
さて、最初のミッションです。
「宿場で食事をとる」
ちょうど、時間も昼前だったので早速食事をすることに。
とはいえ、休日だからか開いているお店はさほど多くはないようでした。
商店街には「品川宿」のポスターが貼られ、昔もここは活気があって食事ができるところもたくさんあったんだろうな。でも宿場って位だから、宿だけなのかな?など色々考えつつ、お蕎麦屋さんを発見したので入ってみることに。
もう秋だというのに、今日は夏のように暑く「冷やし蕎麦」を注文。
ハマグリの出汁をきかせた塩ベースのつゆのお蕎麦で、汗をかいていたので塩味がとても美味しかったです。
他にも「花魁蕎麦」など、”品川宿っぽい”感じのメニューもありました。
商店街にもお寺が多々あり、善福寺へ寄りました。
こちらは「伊豆長八の鏝絵」が有名だそうで、以前紹介した猫の漫画、「猫絵十兵衛お伽草紙」にも鏝絵がちょろっと出てくるので、見てみたかったので寄りました。
この壁に描かれた龍?が鏝絵だと思うのですが(違ってたらどうしよう)鏝だけで、壁に絵を装飾したとはすごい。左官屋さんてすごいな…と。
現代でも鏝絵とかあるのかな?
自宅の壁に鏝絵とかあったら素敵だなぁ…と思いましたが、富の象徴として装飾されいたもののようなので、私には無理だな。と少ししょんぼり。
***
さて、今日はもう少し歩こうと また旧東海道へと戻り歩きます。
まだ足は大丈夫。
ひたすらと旧東海道を歩き、品川橋を渡る。
青物横町ふきんに差し掛かると品川寺があります
本によりますと江戸六地蔵の一つである露座の地蔵の地蔵菩薩像があると載っていたので、参拝をさせて頂き、また歩きます。
浜川橋(泪橋)を渡ると、鈴ヶ森刑場跡へと続きます。
鈴ヶ森刑場跡ではお線香をあげさせて頂きました。
ここまで来ると足が大分重くなってきました。
ここから先、旧東海道はやがて第一京浜とまた同じになり、さらにさらに川崎へと続いていきます。
・・・・が、ここからが本当に長い!たぶん距離にすると7㌔位だと思うのですが、普段7㌔なんて全然ランニングで走っている距離なのにひたすら続く第一京浜… とても長く感じます。 また第一京浜に沿って神社やお寺が非常に多く、ふらっといくつか参拝させて頂きましたが、ひとつひとつ参拝していたらどんどん時間が経過する程に非常に沢山あります。
もう秋だし、なんて思いつつ日焼け止めをしてこなかった自分をかなり後悔します。
ジリジリと照りつける太陽。
帽子はかぶってきたので良いのですが、腕が真っ赤に日焼けしました…
夏の間あんなに日傘をさして日光をよけたというのに。
なぜアームカバーを持ってこなかったんだろう… 今もヒリヒリ痛いです。
炎天下の中ひたすら続く第一京浜。今日一番ここがつらかったです。
だんだん足もパンパンになってきて、足裏も痛くなってきました。
いっそのこと、途中の蒲田で引き返そうか…と思いつつ、せっかく東海道53次初日なんだから、せめて自分できめたルール通り「折り返しも宿場まで行く」を守ろうと自分に言い聞かせます。
そしてやっと多摩川に差し掛かります。
当時は今掛っている「六郷橋」よりもう少し下流に「六郷の渡し場」があったようで、六郷の渡し跡があるようなんですが、どこにそれがあるのかが分からず、ウロウロしていたんですが、ブルーシートな方たちもちらほらいる様で怖かったので、跡をみるのはあきらめ、新六郷橋を渡った後、また旧東海道へと進みます。
もうすぐ、ようやく川崎宿へ到着となります。
足は重く、足の裏も痛く普段ランニングしていてもまだまだ運動量が足りないのかと少し悲しくなりつつも、しばらく歩くと到着致しました。川崎宿。
・・・・が、当時の面影は全然なく、案内板などはあちらこちらにあります。
こちらは浮世絵の川崎宿。
川を渡るとずっと宿場町が続いていたんですね。
宿場は久根崎、新宿、砂子、小土呂の4町で構成されていたとの事ですが地名が残っている場所もありますが残念ながら今では当時を思い起こせる場所はないようです。ですが、「東海道かわさき宿交流館」なるものがあり、当時の宿場の様子を知る事の出来る施設が旧東海道沿いにあります。
残念ながら、私がその施設の前を通った時には、片付け作業をされているようだったので、もう閉館なのか…と思い、立ち寄れませんでした。
次回は、川崎スタートなので、最初に、「東海道かわさき宿交流館」に寄り当時の川崎宿を体感(?)してから、また東海道53次の続きを楽しもうと思います。
ちなみに、現在の川崎宿の様子はこちら。
あぁ、当時は偲べない…。
町のあちこちに案内板があるので、見て歩くのはとても楽しいです。
あっと、忘れていました。大事なミッション、「宿場での食事」。
川崎宿に到着したのは16:30頃。
夜ごはんを食べるには早いので、和菓子のお店を見つけたので、どら焼きを購入。
生どら焼き。
こちらを川崎宿での「食」といたしました。
当時はどら焼きなんてあったのかな?
気になってみたので、少し調べてみると、江戸の時代にもどら焼きはあったようです。
ですが、形は今のどら焼きのように丸くなく、四角いものだったようです。
なるほど。
でも、疲れてる体に甘いものってほっとしますよね。
当時の東海道を旅した人もそんな風に思ったりしたかな。
***
日本橋を朝8:30に出て、川崎に16:30。
お昼の時間や参拝をしてところどころ立ち寄り時間はあったものの、8時間歩きました。
実際に歩いてみて、足は棒のように疲れたけど&腰が痛く…(不甲斐ない!)いろんな歴史の跡をたどり歩く東海道の旅路、とても楽しかったです!
今回の旅程は日本橋~品川宿~川崎宿の7.8㌔~9.8㌔の計17.6㌔。
結構疲れたけどハーフにも満たないなんて少し驚きました。
次回は川崎宿スタートです
次回はいつ歩けるかなぁ…
日程は未定ですが、東海道53次、続きます
つづく
2015年9月19日土曜日
2015年の夏旅。 後編
前回のお話はこちら
さて、那須高原2日目は特に見て回るところもなぁ・・と思いつつ、
朝食を取ったあと、部屋でしばらくのんびりしつつ、お出かけの準備。
一軒茶屋まで歩き、コンビニで周遊バスのチケットを買います。
周遊バスは1日フリーパスで1000円、さらにお得なクーポンつき。
レンタカーを借りるより周遊バスのほうがお勧めです。
那須高原に来るといつも寄る「ステンドグラス美術館」へ。
館内はほぼ撮影禁止なので、写真があまりありませんが、美術館の中でパイプオルガンの演奏を聞けたり、古いオルゴールの音を聞けたりとても癒されます。
ペットも入場可で、抱っこしていれば大丈夫です。
(さくぽんはキャリーに入ってもらいました)
***
ステンドグラス美術館を出た後は、またバスに乗ろうとしたら、団体のお客さんがいてバスに乗車出来ず、次の周遊バスは45分後。
先に並んでいたおばあさまと、45分は少し長いですよねと顔を見あわせて苦笑。
他のお客さんはタクシーを捕まえていましたが、私は特に時間も急いでいなかったので、バスを待つことに。
おばあさまも、バスを待たれるとの事だったので45分待つ間はずっと2人でおしゃべりしていたので、退屈する事なく過ごせました。
旅先で、知らない人とお話をするのが好きなので、とてもうれしかった。
***
周遊バス途中のチーズガーデンでお土産を買って、道の駅近くのお蕎麦屋さんでランチ。
古民家風のお蕎麦屋さん 五色庵。
こちらも店内ペット可です。
鴨付け汁蕎麦を註文したのですが、
量が多くて驚きました。
朝ご飯をしっかり食べてきちゃったので、食べれるかな…と心配しましたが、
頑張って完食しました。
道の駅ではさくぽんと少し歩いて休憩。
小さい栗が落ちてたので、「さくぽん、ほら、栗」と見せたのにスルーでした。
旅行に行く時は、さんぽをさせても、おしっこをした後流す水とかを持ち歩いていないので、マナーパンツをはかせています。
♂なのであちこちマーキングするので、使い捨てのマナーパンツがとても便利です。
道の駅には、近隣で採れたお野菜など、たくさん売っていて見ているだけでも楽しいです。
***
その後、また南ヶ丘牧場へ。
昨日は牧場内を散策しなかったので、今回は牧場内をかるく見て回ります。
牧場の馬&ロバに ごはんをあげれるようなので、自販機の餌購入機で1つ購入。モナカタイプになっていて、割ると 粒状の餌が入ってます(モナカも食べれます)
1匹だけにあげると可愛そうなので、いろんな子にあげようと、レールをあちこち移動しました。
***
牧場と言えばソフトクリーム。
ソフトクリームを食してまた移動。
今度は那須湯泉神社へ。
お社は写真に撮らなかったんですが、硫黄の香りのする中、石段を上り参拝。
飛鳥時代に山中に温泉を発見した事によりお社が作られたそうで、那須温泉は奈良時代の貴族の湯治として利用されていたとか。
参拝後、御朱印を頂き 石段を降りると、足湯があります
さっそく、入ってみることに。
こんこんとわき出る温泉。
単純硫黄泉で、神経痛や冷え性に効くようで 足湯からあがったあともずっとぽかぽかしてました。
***
観光はそんなにしなくていいや と思っていたのに、なんだかんだ色々みて回りました。
その後は宿に戻り、さくぽんとお散歩。
ホテルの中に散歩の出来る小道があり、小型犬のさくぽんにはちょうど良い距離。
ウッドチップの敷いてある小道、さんぽんも堪能していたようです。
***
そんなこんなの那須高原2泊3日。
ホテルがとても良かったので、予想以上にのんびり過ごせたのと
那須高原はやはりペット可の施設が多いので、犬連れでも安心して楽しめます。
東京に帰る為、バス停まで歩いていると 道端の木々からもすっかり秋の訪れを感じる旅路でした。
おしまい。
さて、那須高原2日目は特に見て回るところもなぁ・・と思いつつ、
朝食を取ったあと、部屋でしばらくのんびりしつつ、お出かけの準備。
一軒茶屋まで歩き、コンビニで周遊バスのチケットを買います。
周遊バスは1日フリーパスで1000円、さらにお得なクーポンつき。
レンタカーを借りるより周遊バスのほうがお勧めです。
那須高原に来るといつも寄る「ステンドグラス美術館」へ。
館内はほぼ撮影禁止なので、写真があまりありませんが、美術館の中でパイプオルガンの演奏を聞けたり、古いオルゴールの音を聞けたりとても癒されます。
ペットも入場可で、抱っこしていれば大丈夫です。
(さくぽんはキャリーに入ってもらいました)
***
ステンドグラス美術館を出た後は、またバスに乗ろうとしたら、団体のお客さんがいてバスに乗車出来ず、次の周遊バスは45分後。
先に並んでいたおばあさまと、45分は少し長いですよねと顔を見あわせて苦笑。
他のお客さんはタクシーを捕まえていましたが、私は特に時間も急いでいなかったので、バスを待つことに。
おばあさまも、バスを待たれるとの事だったので45分待つ間はずっと2人でおしゃべりしていたので、退屈する事なく過ごせました。
旅先で、知らない人とお話をするのが好きなので、とてもうれしかった。
***
周遊バス途中のチーズガーデンでお土産を買って、道の駅近くのお蕎麦屋さんでランチ。
古民家風のお蕎麦屋さん 五色庵。
こちらも店内ペット可です。
鴨付け汁蕎麦を註文したのですが、
量が多くて驚きました。
朝ご飯をしっかり食べてきちゃったので、食べれるかな…と心配しましたが、
頑張って完食しました。
道の駅ではさくぽんと少し歩いて休憩。
小さい栗が落ちてたので、「さくぽん、ほら、栗」と見せたのにスルーでした。
旅行に行く時は、さんぽをさせても、おしっこをした後流す水とかを持ち歩いていないので、マナーパンツをはかせています。
♂なのであちこちマーキングするので、使い捨てのマナーパンツがとても便利です。
道の駅には、近隣で採れたお野菜など、たくさん売っていて見ているだけでも楽しいです。
***
その後、また南ヶ丘牧場へ。
昨日は牧場内を散策しなかったので、今回は牧場内をかるく見て回ります。
牧場の馬&ロバに ごはんをあげれるようなので、自販機の餌購入機で1つ購入。モナカタイプになっていて、割ると 粒状の餌が入ってます(モナカも食べれます)
1匹だけにあげると可愛そうなので、いろんな子にあげようと、レールをあちこち移動しました。
***
牧場と言えばソフトクリーム。
ソフトクリームを食してまた移動。
今度は那須湯泉神社へ。
お社は写真に撮らなかったんですが、硫黄の香りのする中、石段を上り参拝。
飛鳥時代に山中に温泉を発見した事によりお社が作られたそうで、那須温泉は奈良時代の貴族の湯治として利用されていたとか。
参拝後、御朱印を頂き 石段を降りると、足湯があります
さっそく、入ってみることに。
こんこんとわき出る温泉。
単純硫黄泉で、神経痛や冷え性に効くようで 足湯からあがったあともずっとぽかぽかしてました。
***
観光はそんなにしなくていいや と思っていたのに、なんだかんだ色々みて回りました。
その後は宿に戻り、さくぽんとお散歩。
ホテルの中に散歩の出来る小道があり、小型犬のさくぽんにはちょうど良い距離。
ウッドチップの敷いてある小道、さんぽんも堪能していたようです。
***
そんなこんなの那須高原2泊3日。
ホテルがとても良かったので、予想以上にのんびり過ごせたのと
那須高原はやはりペット可の施設が多いので、犬連れでも安心して楽しめます。
東京に帰る為、バス停まで歩いていると 道端の木々からもすっかり秋の訪れを感じる旅路でした。
おしまい。
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